室井佑月さん 膵臓一部摘出後に…

「男もいないんだから、好きなものは我慢したくない!」

 

 今月12日、乳がんであることを公表した作家の室井佑月さん。過去には膵臓の病気を経験し、その後は糖尿病とも付き合ってきました。乳がんと診断される直前のインタビューで、病気と人生について語っています。

            

 2005年夏、みぞおちが差し込むように痛んだ。「胃潰瘍かな?」。受診すると大学病院を紹介された。

 「膵臓(すいぞう)に腫瘍がある」と診断され、すぐに入院した。「もし悪い病気だったら……」。じわりと不安が広がった。

 19歳で上京し、銀座のホステス、モデルなど独力で稼いできた。1997年、アルコール依存の女子高生を描いた短編「クレセント」が文学賞に入選し、一気に売れっ子の作家に。テレビのワイドショーでは、政権に遠慮しない発言が支持されていた。

 怖いものはない。いつ死んだっていい。

 でも、当時5歳だった息子の顔がよぎると、胸がチクンとした。離婚後、誰にも追い出されない母子の家が欲しいと、がむしゃらに働いていた時期だった。コラムや小説の締め切りは月に60本を超えていた。

 幸い、ウズラの卵大の腫瘍は良性。ただ、悪性に変化する可能性もあり、手術で取り除くことになった。

 膵臓の3分の2と脾臓(ひぞう)を取り出す手術は、8時間にも及んだ。ところが翌朝には、もうベッドでじっと寝ていられない。体はだるいが、点滴台をつえにして喫煙所まで歩いた。「テレビ出演したい」。絶句した担当医を気にせず、迎えの車でテレビ局に向かった。

 退院のとき、医師から告げられた。「膵臓をかなりとったから、将来的に糖尿病になるかもしれません」

多く食べても痩せてゆく

 2005年に膵臓を3分の2摘出した手術の傷は、数か月もすると、目立たなくなった。同時に、手術のことはすっかり忘れていた。

 「いいなぁ。こんなに食べているのに、なんで太らないの?」。11年のある日、旅行先で友人から言われた。豪華な食事、デザートも完食、そしてお楽しみの深夜のラーメン。これだけ食べると2~3キロ・グラムは太ると愚痴をこぼす友人とは反対に、自分はやせてきたことに気付いた。

 普段、息子と一緒にステーキハウスに行けば、2人で1キロ・グラムを平らげることもあった。自宅に体重計がなく、変化を見逃した。でも、朝起きると、立ちくらみがするのは気になっていた。

 かかりつけ医を受診すると、血液検査の結果に驚かれた。「なんでこんなに血糖値が高いの?」

 すぐに、糖尿病の専門医を紹介され、薬を飲むことになった。しかし、血糖値が十分に下がらず、インスリン注射も始めた。

 それから、毎朝、自分で行う注射と規則正しい朝食が、新たな日課になった。まず、指先を消毒して針を刺す。血液を1滴絞り出し、血糖値を測る。その後、目盛りを合わせて、おなかにインスリンを注射する。

 面倒くさい。ただ、針を刺しても不思議と痛みはなかった。「針先が鋭く斜めにカットされていて。町工場の技術ってすごいと思いました」

付き合うコツ 少しずつ

 毎朝決まった時間に血糖値をチェックするようになって、面白いことに気付いた。前の晩の食事や過ごし方で、血糖値が予測できるのだ。

 例えば、夕食でお酒を飲んで、白米や麺などの炭水化物を控えた場合は100(血液1デシ・リットルあたりブドウ糖100ミリ・グラム)前後になる。お酒を飲まず、しっかり食事をとると130くらい。深夜までだらだらとチョコレートをつまんだり、ラーメンを食べたりしたときは160以上になることもある。

 大好きなご飯のお代わりを我慢したり、低糖質の食品を取り入れたり。食事には少しずつ気を付けているが、厳しい制限はしていない。「今の楽しみは食べること! 男もいないんだから、好きなものは我慢したくない!」と笑う。

 逆に、怖いのは低血糖だ。何も口にせず徹夜で原稿を書き上げた翌朝は、60前後まで下がり過ぎてしまう。急に目の前が真っ暗になり、ぞっとしたこともあった。

 低血糖の始まりのサインは、おなかの不快感だ。ガスがたまったように張る。「最初は微妙な変化だけど、放っておくと痛くなって治るまですごく時間がかかる」。気付いたらすぐ、甘い炭酸飲料を飲む。テレビの収録で食事が不規則な日は、必ずスティックシュガーを持ち歩く。

 糖尿病と診断されて8年。糖尿病と付き合うコツが少しずつ分かってきた。

医師・看護師と二人三脚

 糖尿病と診断されてから、禁煙を何度か試みた。喫煙は、糖尿病を悪化させたり、合併症のリスクが高まったりするからだ。専門の禁煙外来には2か所行ったし、数万円する催眠療法を受けたこともある。

 たばこをやめたいという気持ちはある。でも、締め切りが迫った原稿を前にすると、どうしても、たばこに手が伸びる。

 「私、自分にすごく甘いんです。『原稿の穴をあけずに頑張ってるもん、1本ぐらい、しょうがない』ってなっちゃう」

 ただ、毎日のインスリン注射や飲み薬は欠かさず、3か月に1度の血液検査もまじめに通う。頭ごなしに「(たばこや酒は)ダメ!」とは言わず、「じゃあ、どうしようか」と一緒に考えてくれる医師に出会えたことが大きい。

 血液検査の結果がいいと、看護師も一緒に喜んでくれる。「深酒減らしたの? すごいじゃない」「やればできると思っていたよ」――。逆に、結果が悪くても、「頑張れ、頑張れ」と励ましてくれる。「49歳にもなって、こんなに褒めてもらえるの、病院だけですよ」と笑う。

 「身体のことはプロの医師に任せると決めています。糖尿病くらいあった方が、私にとっては健康なのかもしれませんね」

 (文・影本菜穂子)

室井佑月さん 膵臓一部摘出後に…「男もいないんだから、好きなものは我慢したくない!」(読売新聞(ヨミドクター)) – Yahoo!ニュース

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